
東京国立近代美術館で開催されている「杉本博司 絶滅写真展」に行ってきました。 杉本博司さんをご存じの方も多いと思いますが、写真家・芸術家・建築家であり、和歌も詠まれる非常に多彩な方です。個人的には「哲学者でもある」と感じていて、どうしてもその作品に直接触れたくなり、3連休を利用して足を運びました。
私が訪れたのは3連休の最終日。さすがにお客さんはそこそこいらっしゃいましたが、混雑で作品が見えないということはなく、じっくりと堪能することができました。
会場に並んでいたのは、想像以上に素晴らしい作品の数々。そこには人間や生きること、そして地球に対する深い哲学が込められていました。
すべてが白に還る――感動の「劇場」シリーズ

どれも甲乙つけがたい素晴らしさでしたが、特に感動したのが「劇場」シリーズです。 映画一本をまるごとカメラで長時間露光撮影すると……そこに現れるのは「真っ白な画面」。映画の中には喜怒哀楽さまざまなドラマが描かれているのに、カメラに収めた瞬間、すべてが白に帰してしまう。その作品を前に、「すべては白に還っていくのかもしれない」と深く感じ入りました。
劇場シリーズには、次のような言葉が添えられていました。
「人生は一幕物の喜劇だ。そんな人生の喜怒哀楽を掠めて取って映像芝居にしたのが映画だ。1秒に24枚の静止写真を見せられていると動いて見えるという仕掛けだ。廃墟を見続けると嘘が真になる。あなたが見えていると思える世界も一度疑ってみてはどうだろう。私はそう思って映画を写真に撮ってみた。そしたら嘘も真も、真っ白に、白々しく、白けてしまった。
喜怒哀楽いろんな話おもしろし 醒めては果てん夢のまた夢」
山田五郎さんの訃報と、作品に重ねた想い
実はこれを書いている今日、大ファンだった山田五郎さんの訃報に接し、とても落ち込んでいます。けれど、「五郎さんもご自身の人生という劇場を全力で演じきり、真っ白になって天に召されたのだろうか……」と、この作品と重なり、深く感じ入るものがありました。
山田五郎さんのYouTubeチャンネル『山田五郎 オトナの教養講座』では、ご病気を押して最後に撮影された動画が今後1本公開される予定とのこと。そのテーマが「メメント・モリ(死を想え)」だと知り、今回の「劇場」シリーズのメッセージともどこか深くリンクしているような気がしてなりません。
太古の時に想いを馳せる「海景」シリーズ
また、「海景」シリーズも非常に印象深かったです。 世界各地の海の景色がモノクロで撮影されているのですが、どれも穏やかに凪いだ海。一見するとどこの海かまったく分からないのですが、「すべての海はつながっているのだ」と感じさせる静かな力がありました。

杉本さんのコンセプトによれば、このシリーズは「古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能なのか」という問いから生まれたそうです。現代の技術の先にある海や空気は昔と異なるかもしれないという考えに基づく記録であり、地球の数十億年という歴史を感じさせる壮大な作品とのこと。
そこまで深い洞察にたどり着けたわけではありませんが、私たちは普段「◯◯海」や「◯◯海峡」と人間の都合で名前をつけ、境界線を引いています。けれど結局、地球の母なる海はすべてつながっていて「ひとつの海」なんだ――そんな静かなインスピレーションを得て、腹の底からじわっと感動が込み上げてきました。
和歌を身近に感じられた嬉しい発見
横に添えられている和歌も一つひとつ味わい深く、かといって堅苦しくなく生き生きとしていました。「こんな風に和歌を楽しんでもいいんだ」と、和歌という存在がとても身近に感じられたのも嬉しい発見です。

ここで紹介しきれなかった作品も本当に素晴らしかったです。お近くにお住まいの方や機会のある方は、ぜひ足を運んでみてください。
アーティスト・作家|歴史や世界の深淵を読み解き、新しい生き方の景色へと翻訳することを私のライフワークとしています。|詳細のプロフィールはこちら